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大阪地方裁判所 平成2年(行ウ)104号 判決

原告

辻岡豊

右訴訟代理人弁護士

仲田隆明

被告

大阪府教育委員会

右代表者委員長

熊谷信昭

被告

大阪府

右代表者知事

中川和雄

右被告ら訴訟代理人弁護士

比嘉廉丈

右被告ら指定代理人

福西正造

姉崎敦

木寺修三

阿児和成

井上幸浩

山口信彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告大阪府教育委員会(以下、被告委員会という。)が原告に対し、昭和五七年五月一一日付けでなした休職処分を取り消す。

二  被告大阪府(以下、被告府という。)は、原告に対し、二八六六万一六四〇円及びこれに対する昭和六三年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告委員会によって休職処分とされた原告が、同被告に対し、右処分は違法であるとしてその取消しを求め、かつ、被告府に対し、原告が定年退職したことを理由に退職手当とこれに対する退職の日の翌日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、昭和五七年五月一一日当時、大阪府東大阪市公立学校教員であった。

2  原告は、右教員として在職中の昭和五七年五月六日に証人威迫罪及び強要罪により起訴された(以下、本件刑事事件という。)。

3  被告委員会は、原告に対し、昭和五七年五月一一日付けで休職処分とした(以下、本件処分という。)。

4  原告は、昭和五七年六月六日、大阪府人事委員会に対し、本件処分を不服として審査請求をした。

5  原告は、昭和六三年三月三一日、被告府を定年により退職した。原告が被告府から受領出来るとした場合の退職手当は二八六六万一六四〇円であるが、被告府は右退職手当を支給しない。

二  主たる争点

1  本件処分は適法かどうか。

(一) 被告委員会の主張

(1) 原告は、昭和五七年四月一五日、逮捕され、勾留後、前記のとおり起訴された。

(2) 右起訴にかかる公訴事実の要旨は、別紙記載のとおりである。

(3) 現職の教員が嫌疑を受けた状態で、職務に従事することは、職場規律・秩序に影響するのみならず、児童・保護者の信頼を損ない、教職員一般及び学校教育全体に対する府民の信用を失墜するおそれがある。そして、原告は、刑事事件の被告人として公判期日に出頭しなければならないから、公務員の職務専念義務にも違反する。

(4) そこで、被告委員会は、原告を引き続き職務に専念させることは適当ではないと判断し、地方公務員法(以下、地公法という。)二八条二項二号に基づき、本件処分を行ったものであるから、本件処分は適法であり、原告主張のような違法性はない。

(二) 原告の主張

(1) 本件処分は、違法起訴を原因とする違法な処分である。

原告は、部落解放教育を維持するために開催された「確認会」に参加したのみであり、この確認会において、東大阪市立意岐部東小学校(以下、東小という。)の代表者として終始冷静な態度を取り続けており、証人威迫及び強要罪に該当するような行為は一切していない。しかるに、検察官は、原告が同小学校の教頭として長年にわたり行ってきた部落解放教育運動を弾圧する目的で起訴したものであるから、同起訴処分は公訴権の濫用に当たり違法である。

よって、本件処分は違法な起訴を理由になされた違法な処分である。

(2) 本件処分は、裁量権の範囲を逸脱した違法な処分である。

被告委員会は、職員が刑事事件に関し起訴された場合にも休職処分とするかどうかについて、当該職員の担当する職務の内容、公訴事実の具体的内容及び起訴の態様等を勘案して決定すべきである。ところが、被告委員会は、このような事情を勘案せず、原告がその担当する職務の内容として教育現場において実践してきた部落解放教育運動を弾圧する目的で本件処分を行ったものであるから、本件処分は、裁量権の範囲を逸脱した違法な処分である。

2  被告府が退職手当の支給を拒むことができるかどうか。

(一) 原告に対し退職手当の支給を拒む事由の存否

(1) 被告府の主張

被告府の「職員の退職手当に関する条例(昭和四〇年大阪府条例第四号)」(以下、本件条例という。)一三条一項は、被告府の職員が在職中に刑事事件に関し起訴された場合において、その判決の確定前に退職したときは、一般の退職手当は、支給しない。ただし、禁錮以上の刑に処せられなかったときは、この限りでない旨規定している。原告は、前記のとおり昭和六三年三月三一日付けをもって退職したのであるが、本件刑事事件は、平成二年三月三〇日に大阪地方裁判所において懲役四月、執行猶予一年の判決言渡しがあり、原告は控訴した。

よって、原告は、いまだ本件刑事事件について、本件条例一三条一項ただし書所定の「禁錮以上の刑に処せられなかったとき」に該当しないから、原告に一般の退職手当を支給することはできない。

(2) 原告の主張

争う。

(二) 本件条例一三条一項は、労働基準法二四条に反し無効であるかどうか。

(1) 原告の主張

被告府の職員の退職手当は、賃金の後払いとの法的性質を有し、かつ、勤続年数が長くなるほど支給額が多くなるとともに、勤続年数に比例するよう定められていることからすると、勤続を報償する趣旨で支給されるものであるとともに、勤続に対応して支払われる賃金ということができる。したがって、右のような法的性質を持つ退職手当は、直接全額支払われるべきであって支給制限は原則として許されない。仮に、支給制限が可能であるとしても、長年の勤続の功労を抹消するほどの不信行為があった場合に限定すべきである。

ところが、本件条例一三条一項の規定によると、被告府の職員が起訴後判決確定前に退職した場合には、退職手当が支給されず、後に禁錮以上の刑に処せられなかったときに支給されることとなっているが、右規定は、次の点において不合理な支給制限というべきであり、労働基準法二四条に反し無効である。

すなわち、〈1〉被告府の職員が起訴されたとしても、それ以前の労働の対償の後払いとしての退職手当は当然に支払われるべきであるのに、右規定ではこれが支払われないことになっている。また、〈2〉右規定によると、退職後にたとえ執行猶予の判決が確定しても、禁錮以上の刑である限り退職手当は一律に支給されないことになる。執行猶予の場合は、取り消されずに猶予期間を経過したときは、刑の言渡しの効力が失われる。この点を無視して実刑の場合と区別せずに一律に退職手当を支給しないとする右規定は、退職手当の支給制限が許される限度を超えた過酷な取扱いである。

また、〈3〉本件条例一三条一項の規定は、勤続年数は全く考慮されていない。この結果、定年間近になって起訴された場合の不利益は計り知れないものがある。右規定は、退職手当が勤続に対応して支払われる賃金であることを無視したものであって到底許されない。

さらに、〈4〉地方公務員が禁錮以上の刑に処せられたからといって、それがすべて長年の功労を抹消してしまうような不信行為とはいえない場合もあり、起訴された事実の態様、判決結果によっては、他の職員との比較において退職手当を不支給とすることが余りにも過酷であったり、起訴猶予となった場合との比較においても均衡を失し許されない場合もある。

(2) 被告府の主張

被告府の職員の退職手当の支給要件(発生、支給率)は本件条例で規定されているが、その支給率は、勤続年数に応じて増加する仕組みになっていること、自己都合退職の場合は他の退職事由に比べて同一勤続期間であっても支給率が低く定められていること等に照らすと、退職手当が、功労報償的な性格を有していると解すべきである。

したがって、退職手当を支給するに当たり、長年の功労を抹消する程度の不信行為があった場合に、退職手当の支給制限がなされることは一般的に合理性を有しており、また、公務員が禁錮以上の刑に処せられて当然失職した場合には、退職手当の支給を受けるに値しないと考えられ、退職手当の支給を受けられないという不利益を受けることもやむを得ない。被告府においても、本件条例九条において、禁錮以上の刑に処せられた場合は退職手当を支給しない旨規定している。

本件条例一三条は、起訴された後に退職した職員について、判決が確定するまでは退職手当の支給を制限した上、禁錮以上の刑に処せられなかったことが確定したときに、退職日に遡って退職手当を支給することとしているが、これは、職員が起訴されて直ちに退職し、退職手当の支給を受けようとすることを防止するとともに、禁錮以上の刑に処せられて当然失職した者が退職手当の支給を受けられないこととの均衡を図ることを目的としたものである。

また、刑の執行猶予は、刑の言渡しの効力に関する制度であって、猶予期間を経過したとしても、禁錮以上の刑に処せられた不信行為の事実を滅失せしめるものではない。

よって、本件条例一三条一項は、労働基準法二四条に違反しない。

(三) 本件条例一三条一項は、憲法一三条、一四条、二五条、労働基準法三条に反し無効であるかどうか。

(1) 原告の主張

禁錮以上の刑の言渡しを受けた職員にも多数のバリエーションがあること、執行猶予判決は猶予期間の満了により刑の言渡しの効力が失われること、長年勤続後に起訴され禁錮以上の刑に処せられた場合の退職手当不支給処分の不利益は甚大であること、すべての場合が長年の勤続の功労を抹消するような不信行為とはいえないこと等に照らすと、あらゆる場合を一律に退職手当不支給とする本件条例一三条一項は、不合理な差別を禁止した憲法一三条、一四条、二五条、労働基準法三条に違反し無効である。

(2) 被告府の主張

長年の功労を覆す不信行為があった場合、退職手当の支給を制限することは一般的にも合理的理由がある。そこで、本件条例九条は、「禁錮以上の刑に処せられた者につき退職手当を支給しない」旨規定しているところ、本件条例一三条一項は、職員が起訴後直ちに退職して退職手当の支給を受けることを防止し、右条例九条及び地公法二八条四項との均衡を図っているのであるから、右条例一三条一項の規定は合理性を有する。したがって、原告の主張は理由がない。

(四) 本件条例一三条の二との均衡上、原告に退職手当が支給されるべきかどうか。

(1) 原告の主張

本件条例一三条の二は、一三条一項と同様に職員の在職期間中の行為について禁錮以上の刑に処せられた場合でも、たまたま退職後で退職手当支給後であれば、受領済の退職手当を返還させなくてもよい場合がある旨規定しているから、この規定との均衡を考えれば一三条一項の場合にも退職手当を支給すべきであり、不支給処分は違法である。

(2) 被告府の主張

本件条例一三条の二第一項は、ただし書に規定する場合を除いてすでに支給した退職手当を返納させるとの趣旨の規定と解すべきであるから、これと異なる独自の解釈を前提とする原告の主張は理由がない。

(五) 原告に本件条例一三条一項を適用することは、違憲、違法であるかどうか。

(1) 原告の主張

仮に、本件条例一三条一項が適法であるとしても、原告は、本件処分まで三六年間にわたり真面目かつ熱心に勤務し、教頭にも就任したこと、本件事件はいわゆる破廉恥事件ではなく、原告は熱心な解放教育の実践者として解放教育の妨害者に対して相当な範囲で行動してきた者に過ぎないこと、本件刑事事件は本来不起訴処分とされるべき事案であったこと、本件退職手当の不支給は原告の四二年間の功労報酬の支払を拒否するものであり、被告大阪府は原告の犠牲において不当な利益を受けること等に照らすと、原告につき本件条例一三条一項を適用することは社会通念上不合理な差別を課すことになるから、前記憲法、法令に違反し、違法である。

(2) 被告府の主張

原告の右主張は、自己の刑事責任についての独自の見解を前提とするものであり、理由がない。

三  証拠

本件記録中の証拠に関する目録記載のとおりですから、これを引用する(略)。

第三争点に対する判断

一  主たる争点1(本件処分の適法性)について

1  地公法二八条二項二号は、職員が刑事事件に関し起訴された場合、職員の意思に反してこれを休職にすることができるとし、起訴休職制度を規定しているが、同制度は、起訴自体による職場秩序や対外的信用に及ぼす悪影響、業務遂行上の支障等を考慮して規定されたものと解されるから、休職処分の要件としては、犯罪事実の不存在や起訴処分の違法性が明白である等の特別の事情のない限り、刑事事件に関して起訴されたこと自体によって右悪影響、支障等が生じることで足り、犯罪の成否や起訴処分の有効性はその必要要件ではないと解すべきである。

2  前記争いない事実と証拠(〈証拠略〉)によると、原告は、昭和二一年四月、和歌山県で代用教員に採用され、昭和二八年に教員免許を取得し、同県内において小学校教諭として勤務したが、昭和三七年九月に大阪府布施市立上小坂小学校に移り、昭和四六年には東大阪市立意岐部小学校に転勤し、さらに昭和五一年に新設された東小へ教頭として転勤し、以来、同小学校において教頭として勤務していたが、昭和五七年四月一日、同市立荒川小学校へ移ったこと、本件刑事事件は、原告が教頭として東小に勤務していた時に発生したこと、原告は、本件刑事事件において、逮捕・勾留されて取り調べを受けた後、昭和五七年五月六日付けで証人威迫罪(法定刑は一年以下の懲役又は罰金)・強要罪(法定刑は三年以下の懲役)により起訴されたこと、被告委員会は、現職の教員である原告が嫌疑を受けた状態で、職務に従事することは、職場規律・秩序に影響するのみならず、児童・保護者の信頼を損ない、教職員一般及び学校教育全体に対する府民の信用を失墜するおそれがあり、また、原告は、刑事事件の被告人として公判期日に出頭しなければならず、その間職務に従事することができず公務員の職務専念義務にも違反することから、原告を引き続き職務に専念させることは適当ではないと判断し、同月一一日、地公法二八条二項二号に基づき、本件処分を行ったこと、本件刑事事件の公訴事実の要旨は別紙記載のとおりであること、本件刑事事件の被害者である磯部巌(以下、磯部という。)は、原告らが進める部落解放運動あるいは同和教育に関する方針に批判的な東小教諭であり、原告らに批判的な教諭を集めて会合をもつなどしていたこと、本件刑事事件を審理した大阪地方裁判所は、平成二年三月三〇日、概ね公訴事実に沿った証人威迫罪及び強要罪の事実を認め、原告に対し、懲役四月、執行猶予一年の判決を言い渡したこと、原告は、右判決を不服として大阪高等裁判所へ控訴したが、同裁判所は、平成五年二月二四日、原告の控訴を棄却する旨の判決を言い渡したこと、被告委員会においては、職員が起訴されたことが判明次第、休職処分を行っており、過去において休職処分をしない時は起訴後すみやかに懲戒免職処分をしていること、以上の事実を認めることができる。

右の事実によると、原告は、いまだ心身共に未熟で感受性の強い児童に接することを職務とする小学校教諭であるところ、本件刑事事件は、東小内で発生した傷害事件の捜査・審判に必要な知識を有する東小教諭磯部に対し、原告ら多数の者が共謀して、午後七時半すぎころから翌日午前六時半ころまでの間、右傷害事件に関し強談、威迫の行為をなすとともに、脅迫し、その意に反し、レポート用紙に右傷害事件の参考人として警察で取調べを受けた経過を記載させたうえで、内田事件が差別事件であって、これに加担してきた磯部の差別性を厳しく自己批判していきたいこと、磯部は自ら東小から身を引くことを記載・指印させて交付させたというものであって、その内容、罪質は、個人の自由意思を多数の者が関与して、長時間にわたり抑圧し、遂には義務なき行為を行わせたという悪質なものであるとの指摘を免れないというべきである。原告がこのような刑事事件について嫌疑を受け、起訴された状態で教員として職務に従事することは、学校の職場規律・秩序に影響を及ぼすことは明白であるばかりか、児童や保護者の信頼を損ない、教職員一般及び学校教育全体に対する府民の信用を失墜するおそれが十分あることを容易にうかがうことができ、また、原告は、本件刑事事件の公訴事実を争っていたことからすると、その審理には長期間を要し、その間、被告人として公判期日に出頭し、その期日の前後には弁護人との打合せのために時間を要することから、学校業務の遂行にも支障をきたすおそれがあるといわなければならない。

以上、説示したところによれば、本件刑事事件が起訴された直後の昭和五七年五月一一日において、被告委員会が原告を本件処分によって暫定的にその職務に従事させないこととしたことは、十分合理的理由があり、相当な措置として是認されるということができる。

3  原告は、本件刑事事件にかかる犯罪は行っておらず無罪である旨主張するが、原告の供述(第一、二回)を含む本件全証拠を精査するも、本件処分当時、右犯罪が不成立であることが明白であったことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、前記のとおり、原告が本件刑事事件について、第一、二審とも有罪判決を受けていることからすると、原告の右主張は理由がないといわざるを得ない。

さらに、原告は、本件処分は部落解放教育運動を弾圧する目的でなされた起訴に基づくこと、本件処分自体も右弾圧目的でなされた旨主張するが、原告の供述(第一、二回)を含む本件全証拠を精査するも、右主張を認めるに足りる証拠はなく、かえって、前記認定・説示のとおり、被告委員会は、原告が嫌疑を受けた状態で職務に従事することによる、職場規律・秩序に対する影響、児童・保護者の信頼の喪失、教職員一般及び学校教育全体に対する府民の信用の失墜のおそれ等を考慮して本件処分を行ったものというべきである。

そうすると、被告委員会が行った本件処分は、十分合理的理由があり、相当な措置として是認されるものであるから、裁量権を逸脱して著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用したものとは認められないから、原告の主張は理由がない。

二  主たる争点2(被告府の退職手当支給拒否の正否)について

1  主たる争点2(一)(退職手当支給拒否事由の存否)について

本件条例一三条一項は、被告府の職員が在職中に刑事事件に関し起訴された場合において、その判決の確定前に退職したときは、一般の退職手当は、支給しない。ただし、禁錮以上の刑に処せられなかったときは、この限りでない旨規定している(〈証拠略〉)ところ、前記事実によると、原告は、昭和六三年三月三一日付けをもって退職したが、昭和五七年五月六日、本件刑事事件によって起訴され、平成二年三月三〇日、大阪地方裁判所において懲役四月、執行猶予一年の判決を受けて控訴したが、大阪高等裁判所は、平成五年二月二四日、原告の控訴を棄却する旨の判決を言い渡したことを認めることができる。

そうすると、原告は、本件刑事事件に関し起訴され、その判決の確定前に退職したとき(本件条例一三条一項本文)に当たり、いまだ本件条例一三条一項ただし書所定の「禁錮以上の刑に処せられなかったとき」に該当しないから、一般の退職手当を支給する資格に欠けるものというべきである。

2  主たる争点2(二)(本件条例一三条一項は、労働基準法二四条に違反し無効か)について

(一) 原告は、本件退職手当は賃金の性質を有するから、本件条例一三条一項は、労働基準法二四条に違反する旨主張する。

地公法二四条六項は、「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定める。」旨規定し、いわゆる「給与法定主義」を採用しており、他方、同法五八条三項は、労働基準法二四条一項は、地方公務員には適用しない旨規定するとともに、同法二五条二項は、右職員の給与は法律又は条例により認められた場合を除き、通貨で、直接右職員に、その全額を支払わなければならない旨労働基準法二四条と同旨の規定を置いている。したがって、地公法は、法律又は条例により認められた場合には右職員の給与の直接・全額支払の例外を認めるものとしているところ、本件条例一三条一項は、右例外の場合を規定するものということができる。そして、原告が、本件条例一三条一項が労働基準法二四条に違反する旨主張するところは、結局のところ、本件条例一三条一項が退職手当を支給しないとする規定が合理的なものであるかどうかということに帰するというべきである。

そこで、本件条例一三条一項が定める制限が合理的なものであるかどうかについて検討する。

被告府の職員の退職手当に関し定める本件条例によると、被告府の職員が退職した場合に退職手当を支給すること(二条)、退職手当の額は、当該職員の退職の日における給料の月額にその者の退職事由及び勤続期間に応じた一定の割合(支給率)を乗じて得た額とされ、右支給率は、勤続年数に応じて増加する仕組みとなっており、かつ、自己都合の退職の場合に比し、整理退職、勧奨退職の場合の支給率が高く定められていること(三条ないし五条)等からすると、退職手当は、長年被告府の職員として職務に従事した職員に対する功労報償的な性格を有するものということができる。したがって、本件条例九条が懲戒免職処分を受けたり、禁錮以上の刑を受けた場合に退職手当を支給しない旨規定しているところは、それ自体長年の功労抹消する程の不信行為があったものと評価することができるのであって、右事由をもって退職手当を支給しないとすることは合理性を有するものというべきである。右のような退職手当の支給制限を前提として、本件条例一三条一項を見てみると、右規定は、職員が刑事事件に関し起訴された場合において、その判決が確定前に退職したときは、一般の退職手当は支給しないが、職員が禁錮以上の刑に処せられなかったときは退職日に遡って支給することとしているのは、起訴された職員が直ちに退職して退職手当の支給を受けることを防止し、かつ、前記のように禁錮以上の刑を受けた場合に退職手当を支給しない旨規定していることとの均衡を図る趣旨に出るものと解することができるから、右の支給制限は合理的なものということができる。

(二) すすんで、原告が本件条例一三条一項が不合理であるとして主張するところについて、順次検討する。

まず、主たる争点2(二)(1)〈1〉については、前記説示のように禁錮以上の刑を受けた場合に退職手当を支給しない旨規定しているのは、それ自体長年の功労を抹消する程の不信行為があったものと評価することができるからであることからすると、起訴前の労働に対する評価を含めて退職手当を支給しないこととすることには何ら不合理なところはない。

主たる争点2(二)(1)〈2〉については、執行猶予が取り消されずに猶予期間を経過したときは刑の言渡しの効力が失われることは原告主張のとおりであるが、職員が禁錮以上の刑に処せられたという不信行為を犯したことは抹消し難い事実であるから、これを理由に退職手当の支給制限をすることに何ら不合理なところはない。

主たる争点2(二)(1)〈3〉については、定年間近になって起訴された場合には原告主張のような不利益を受けることは否めないところであるが、前記〈1〉に関して説示したところから明らかなように、長年の功労を抹消する程の不信行為を犯した以上やむを得ない支給制限といわざるを得ない。

主たる争点2(二)(1)〈4〉については、禁錮以上の刑を受けたことを退職手当を支給しない場合の基準とすることは合理的なことであって、原告主張のような個別の場合に考慮していないからといって、本件条例一三条一項の規定の効力を左右するものではない。また、原告は、支給制限が可能であるとしても、長年の勤続の功労を抹消するほどの不信行為があった場合に限定すべきであるとも主張するが、右説示のところから右主張は理由がない。

以上の次第で、原告の主張はいずれも理由がない。

3  主たる争点2(三)(本件条例一三条一項は、憲法一三条、一四条、二五条、労働基準法三条に違反し無効か)について

前記説示のとおり、本件条例一三条一項は、禁錮以上の刑に処せられて当然に失職した者が退職手当受給資格を失う旨を規定した本件条例九条との均衡を図り、かつ、起訴された職員が直ちに退職して退職手当の支給を受けようとするのを防止するため規定された制度であるから、格別不合理な差別を生じるものとはいえず、原告の主張は理由がない。

4  主たる争点2(四)(本件条例一三条の二との均衡上、原告に退職手当が支給されるべきか)について

本件条例一三条の二は、ただし書に規定する退職の日の翌日から起算して一年の期間内に失業している場合等特別の場合は除外して、退職した職員に対し、一般の退職手当が支給されている時、その者が在職期間中の行為にかかる刑事事件に関し禁錮以上の刑に処せられたときは、その支給した退職手当のうち一一条三項等によって失業者に支給される退職手当を除いてそれ以外の退職手当として支給された金額を返納させることを規定したものであって、これに反する原告の主張は、本件条例一三条の二の解釈を誤った独自の見解に基づくものであるから理由がない。

5  主たる争点2(五)(原告に本件条例一三条一項を適用することは、違憲、違法か)について

前記認定・説示したように、本件刑事事件にかかる公訴事実の内容、罪質が悪質なものであって、原告の職務内容、地位等に照らせば、本件条例一三条一項によって原告に退職手当を支給しないこととしても何ら不合理な差別を課したものとはいえないから、原告の主張はいずれも理由がない。

6  そうすると、被告府が原告に退職手当を支給しないことは適法である。

三  まとめ

原告の本訴請求はいずれも認めることができないから、棄却する。

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 黒津英明 裁判官 太田敬司)

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